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基礎研究

間質性肺炎/COPD/難治性気管支喘息/肺感染症の病態解明と新規治療法開発

1. 細胞老化を標的とした、IPF,COPD治療法の開発(老化細胞除去)

 慢性閉塞性肺疾患(chronic obstructive pulmonary disease: COPD)や特発性肺線維症(idiopathic pulmonary fibrosis: IPF)は加齢に伴いその発症が増加する老化関連呼吸器疾患であり、その発症には肺上皮の細胞老化(cellular senescence)が関与することがこれまで明らかにされています。近年の老化研究の発展により、細胞老化を治療標的とした抗老化治療(senescence therapy = senotherapy)の効果が様々な分野で報告されています。現在、世界でもDasatinib + Quercetinをはじめとした様々な有望な抗老化治療薬の開発が行われているが社会実装には至っていません。

 我々はこれまでCOPDやIPFで不十分なオートファジー(自食作用、細胞内蛋白質分解機構)が細胞老化の亢進に関わることを示してきました。COPD患者の肺上皮ではオートファジーが不十分なことにより傷害ミトコンドリアが蓄積し細胞内活性酸素の上昇に伴い細胞老化が亢進すします。IPF肺では特に早期線維化巣を覆う化生上皮細胞において細胞老化が亢進しており、この老化上皮細胞が老化関連分泌現象(senescence-associated secretory phenotype: SASP)によりサイトカインを分泌し、近傍の線維芽細胞に筋線維芽細胞分化を誘導する可能性を示しました。上皮細胞に小胞体ストレスにより誘導される細胞老化はmTOR阻害剤によるオートファジー亢進で抑制されました。

 これらの結果をもとに現在は老化細胞除去マウスを解析に加え、オートファジー・リソソーム系に作用する薬剤による老化関連呼吸器疾患の新規治療開発を行っています。とくに、in vitroで見られる薬理効果が生体においては非生理学的な高濃度となることがあり、呼吸器疾患の特性を生かした吸入療法にも取り組んでいます。吸入療法は全身的な副作用を伴わずに、肺における薬剤の局所濃度が高くすることが可能であり、新たな魅力的なアプローチとなり得ると考えられます。さらなる病態の解明と新規治療薬の社会実装に向けた取り組みを継続しています。

東京慈恵会医科大学 内科学講座 呼吸器内科 IPFにおける細胞老化

IPFにおける細胞老化

東京慈恵会医科大学 内科学講座 呼吸器内科 喫煙刺激によるオートファジー誘導

喫煙刺激によるオートファジー誘導

2. シングルセル解析技術によるヒト気道細胞老化アトラス

 ヒトの気道上皮細胞は、ウィルス感染、喫煙、PM2.5など多様なストレスの影響を生涯にわたり受けるため、不均一な細胞老化が生涯にわたり蓄積していくと考えられています。老化細胞の過剰な蓄積は、生物学的老化やCOPD、間質性肺炎、気管支喘息、肺癌といった病態に関連することから、新たな治療ターゲットとして期待されている。特に、「老化細胞除去剤」による細胞レベルでの治療実現のためには、加齢や疾患で蓄積する細胞老化の特徴を詳細に解明する必要があります。
 本研究ではヒトの生涯において気道に出現する細胞老化を、最先端のシングルセル遺伝子解析技術や3Dオルガノイド培養技術を用いて1つ1つの細胞レベル、分子レベルで詳細な解析を試みています。さらに小児から高齢者までの各年齢層での細胞老化の特性を比較することで、老化プロセスの包括的理解を深め、老化関連疾患への新規治療の開発に貢献することを目指しています。

東京慈恵会医科大学 内科学講座 呼吸器内科 シングルセル解析技術によるヒト気道細胞老化アトラス
3. シングルセルRNA-seq(scRNA-seq)解析、空間トランスクリプトーム解析

​ シングルセル解析技術の登場により1細胞レベルでの遺伝子発現解析が可能となり、これまで不明であった細胞の多様性や不均一性を検出することができるようになりました。また数理的手法を用いることで、発生過程や細胞リプログラミング過程における細胞系譜(cell lineage)の検証や、細胞種間の相互作用の定量化も行うことも可能となりました。私達はCOPD病態に関わる可能性のある新規2型肺胞上皮細胞の同定を皮切りに、scRNA-seq 解析をIPFや肺がんなど、様々な疾患の研究に応用しています。さらに私達は遺伝子発現情報に空間情報を付与した空間トランスクリプトーム解析も行っており、IPFにおける新規治療標的を同定しました。今後空間トランスクリプトーム解析も様々な疾患に応用していく予定です。

東京慈恵会医科大学 内科学講座 呼吸器内科 COPD肺における新規2型肺胞上皮細胞の同定

COPD肺における新規2型肺胞上皮細胞の同定

東京慈恵会医科大学 内科学講座 呼吸器内科 IPFの新規治療標的の同定

IPFの新規治療標的の同定

4. ミトコンドリア機能異常を介した間質性肺炎、COPDのメカニズム解明

 ミトコンドリア機能異常は古典的なミトコンドリア病にとどまらず、神経変性疾患や癌、種々の加齢に伴う疾患の発症・進展に関与することが報告されています。ミトコンドリア品質管理機構として、以前よりオートファジーによる不良ミトコンドリアの除去(マイトファジー)が知られていましたが、これに加えて、Mieapタンパク質によるミトコンドリア不良タンパク質の除去機構が新たに注目されています。Mieapの欠損により酸化タンパクの蓄積、細胞機能異常が生じ、Mieap KOマウスモデルにて発がんが増えることが報告され、臨床検体を用いた検討でも、種々の癌腫においてMieapミトコンドリア品質管理経路の異常が多く確認されています。これまで、主にがん領域においてMieapの役割が検討されていますが、非癌肺疾患病態(間質性肺炎、COPD)においても重要な役割を果たしていると考えられるため、各種疾患マウスモデルを用いてMieapの果たす影響を解析しています。

東京慈恵会医科大学 内科学講座 呼吸器内科 ミトコンドリア機能異常を介した間質性肺炎、COPDのメカニズム解明
5. Lipofibroblast由来のエクソソームによる間質性肺炎、COPD新規治療の探索

 近年のシングルセル解析から線維芽細胞における形質の多様性が判明し、病態に関与するものだけでなく、線維化抑制や幹細胞の恒常性維持に作用するものも存在することが明らかになりつつあります。つまり、肺線維芽細胞と分泌因子の機能解析や周囲細胞との相互関係の理解は、呼吸器疾患のさらなる解明や新規治療薬の開発につながる可能性があります。肺繊維芽細胞の中で、Lipofibroblast(LiF)は、肺の幹細胞であるII型肺胞上皮細胞(AT2)の近傍に存在し、AT2の自己複製をサポートすると報告されています。また、タンパク質・核酸などの様々な分子を内包する細胞外小胞(extracellular vesicles, EVs)が新規治療薬として注目されていることから、Lipofibroblastを分化誘導し、lipofibroblastから分泌されたEVsの肺気腫や肺線維化に対する治療効果を検討しています。

東京慈恵会医科大学 内科学講座 呼吸器内科 Lipofibroblast由来のエクソソームによる間質性肺炎、COPD新規治療の探索
6. 真菌特異的メラニンを認識するレクチン受容体(MelLec)を介した喘息病態の解明

 真菌は感染症や喘息などのアレルギー性呼吸器疾患と密接に関わっています。これは肺が環境中に広く存在する真菌胞子を日々吸入し、曝露を受けていることが要因と考えられます。真菌の細胞壁成分は環境中で生存するために複雑な多糖類で構成されていますが、ヒトがどのように真菌を認識し、病態の進展や抑制に関わっているのか、ということは未知な部分が多いとされています。近年、真菌が産生する免疫学的に活性なDHN-melaninを認識するレクチン受容体(MelLec)の存在が明らかになり、最も重要な病原真菌であるAspergillus fumigatusの感染防御において重要な役割を果たすことが報告されました。そこで、MelLecがアレルゲンとしても重要なA. fumigatusに対してどのようなT細胞応答を行っているのかを検討したところ、難治性喘息に関与するTh17応答と好中球性気道炎症を惹起することを見出しました(Tone et al. Front Immunol 2021)。 MelLecを介した喘息病態の解明と新規治療法の開発を目指して、同受容体を発見した英国エクセター大学Gordon Brown教授と共同で基礎研究と臨床研究を行っています。

東京慈恵会医科大学 内科学講座 呼吸器内科  真菌特異的メラニンを認識するレクチン受容体(MelLec)を介した喘息病態の解明
7. 細胞老化を介した高齢者喘息病態解明

 近年の治療法の進歩により、気管支喘息による死亡者数は減少しています。しかしながら難治性喘息の治療は依然臨床的に重要で、特に加齢に伴う難治化は病態解明を含め喫緊の検討課題と言えます。老化関連疾患においては老化細胞の増加が、老化関連分泌現象(SASP)を介して病態悪化に寄与すると考えられており(図)、現在細胞老化を標的としたSenotherapyの開発が進んでいます。我々はp16発現細胞を選択的に標識、除去できるマウスを高齢化させたり、高齢者喘息気道上皮を用いたAir liquid interface(気液境界面)を使用し、老化喘息モデルを作成することで、気道過敏性と炎症に与える細胞老化の役割の解明に取り組んでいます。将来的には、Senotherapyによる高齢者難治性喘息への治療応用に発展する可能性があります。

東京慈恵会医科大学 内科学講座 呼吸器内科 細胞老化を介した高齢者喘息病態解明
8. 上皮バリア破綻を介した難治性喘息病態解明
東京慈恵会医科大学 内科学講座 呼吸器内科 喫煙刺激によるフェロトーシス誘導

 近年鉄依存性脂質過酸化によって引き起こされる新規細胞死であるフェロトーシスが発見され、我々は過去に気道上皮細胞におけるフェロトーシスがCOPD病態形成に極めて密接に関わっていることを報告しました。(Yoshida, Nat commun 2019)
近年、このフェロトーシスは、細胞間接着因子であるE-カドヘリン-Hippo経路によって制御されていますが、細胞接着が破綻するとこの抑制がとれ、フェロトーシスが亢進することも見出されています。我々は、アレルゲンであるイエダニ(HDM)による気道バリア破壊が、Hippo経路の抑制を介してフェロトーシスを亢進させ、症状を悪化させる可能性があるとの仮説を立て、難治性喘息病態解明のための検討を行っています。

喫煙刺激によるフェロトーシス誘導

(Yoshida, Nat commun 2019)

9. エクソソーム創薬

 呼吸器内科では2012年より国立がん研究センター落谷孝広教授(現東京医大)とともに肺疾患におけるエクソソーム・細胞外小胞の研究を進めてきた。当科における気道上皮細胞や肺線維芽細胞の培養技術を用いて、これまでの細胞自身の機能解析から、これらが分泌するエクソソームに着目し、IPFやCOPD、肺がんにおける病態解明及び新規治療法開発に取り組んでいる。その研究の中、気道上皮細胞由来エクソソームの持つ高い抗線維化作用、抗老化作用を見出し、日本で初めてのエクソソーム創薬開発研究に乗り出した。2020年10月には産学連携講座としてエクソソーム創薬研究講座を発足、企業連携を行い、社会実装を目指した開発を行っている。2023年4月には、研究を引き継ぐ総合医科学研究センターの研究部として次世代創薬研究部が開始となった。呼吸器内科との連携のもと、エクソソームそのものを治療薬として用いる天然エクソソーム製剤の開発、また改変型エクソソームやエクソソームワクチンの基礎研究開発を行い、さらにエクソソーム中に病態に関与する内包物に対する新規核酸医薬や抗体医薬の開発を行い、新しい治療薬を開発することを目標としている。

東京慈恵会医科大学 内科学講座 呼吸器内科 正常気道上皮細胞由来エクソソームの抗線維化作用

正常気道上皮細胞由来エクソソームの抗線維化作用
Kadota T, Fujita Y,  et al. J Extracell Vesicles. 2021

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